筆者用備忘録

原子爆弾投下は誤訳から始まった?!【筆者的まとめ】

原子爆弾投下の当時の話を聞くと、昔10代の学生だった頃に教師が余談として話していたとある説を度々思い出します。

 

それは

原子爆弾の投下は誤訳から始まった

というものです。

 

この記事では決して双方の国際政治に対して批判をするつもりはありません。

私は在米時に本気でアメリカ人は原爆投下は当然だったと口を揃えて真面目にディベートをしていたのをそばで聞いていましたし、私には知りきれない政治のことや、教育や価値観があるに違いないからです。

 

当時、10代前半の生徒に対しての教育であるので、難しい話はしていなかったですが、私の教師は海外の翻訳者が英語の翻訳を間違えたと言っていました

果たしてこれは正しい情報なのか?

経緯

 

さて本題です。

 

当時1945年、原子爆弾が投下される1ヶ月前にはすでにドイツは降伏しており、ドイツのポツダムにてアメリカ、イギリス、中国、ソ連などを含む会議において今後の動向について話し合われました。

その際にポツダム宣言(三国共同宣言)表明をし、日本に対して無条件降伏を求めていました。

当時の首相である鈴木貫太郎はそれに対して、まだ有効であった日ソ中立条約や、ポツダム宣言に署名しなかったソ連のこともあり、一筋の希望を見出していました。それがきっかけで日本はハッキリとした意志を表明する事ができず、「黙殺する」と言う言葉を用いて第二次世界大戦への今後への意見表明を濁しました

これは海外メディアでもしっかりと記録が残っています。

 

以下が実際に鈴木貫太郎が発言したと海外メディアで伝えられている文章になります。:

帝国政府としては、米・英・重慶三国の共同声明に関しては、何等重大なる価値あるものに非ずしてこれを黙殺するであろう

「ポツダム宣言に関する鈴木首相談話」(1945年7月30日付朝日新聞)にては

私は三国共同声明はカイロ会談の焼き直しと思う。政府としては何ら重大な価値あるものとは思わない。ただ黙殺するのみである

と伝えられています。

 

この「黙殺する」というある種曖昧で難解な言葉が、まさかの原子爆弾投下に直結したと、言われています。

(※この問題提起されている「黙殺」という言葉は「無視して取り合わない」という意味であります。)

 

果たして事実なのか?

これをどう受け取るか?解釈するか?というところです。

 

英訳としての「黙殺する」

 

大半のメディアにて伝わっている有力な解釈の1つ目は、当時の、海外メディアの翻訳家が、その「黙殺する」と言う言葉を「reject(拒絶する)」として英訳していました。

しかし、国内では「ignore it entirely(完全に無視する)」として英訳しており、一見解釈に差異が生まれているように見えます。

 

また海外でもこの「黙殺する」という言葉が一応は問題提起されており、mokusatsuとして知られています。

(Tsunamiなどと同じような扱いであります)

 

 

戦時中に「黙殺する」と断固とした態度を表明するということは、つまりは良くも悪くも自分の意見を言わないということになります。意見を言わない、という事は拒否したとは言わずとも、賛成していない、とも受け取れます。そしてそれはつまり、解釈を相手に与えてしまうのと同様です。

 

当時無条件降伏を申し出られていた日本では、すでに敵対する国々が何か大きな行動を起こすと予想が出来ており、それは東郷茂徳がかけた言葉からも判ります。

「この宣言は事実上有条件講和の申し出であるから、これを拒否すれば重大な結果を及ぼす恐れがある。よって暫くこれに対する意見表示をしないで見送ろう。その間に対ソ交渉を進めソ連の出方を見た上で何分の措置をとりたい」

そして東郷がかけた言葉により、そうか、と鈴木貫太郎は「黙殺する」という発言に至ったわけです。

 

アメリカとしては、日本を降伏させる事により、ソ連の力を封じ込める事が当時の目的でありました。その際に日ソ中立条約を結んでいた日本に先に降伏させ、ソ連の味方を減らす必要がありました。

「黙殺する」という言葉への解釈に、若干の差異があったとしても、同意の意志を表明しなかったことに対し、アメリカは行動を実行した、というのが事実のようです。

 

まとめ

 

上記に関して書物も出ております。

賛否両論ありますので、参考程度にお読みいただくのがよろしいかと思います。

歴史をかえた誤訳 (鳥飼 玖美子 (著))

大学でのレポートに利用できそうです。