経済学

Idealist 2章、3章、4章- Nina Munk [本]

今回はNina Munkが書いたIdealistののまとめをしていきます。

(本件では著作権法に従い、具体的な内容に興味のある方には、書物Idealistに目を通して頂くようにお願いしています)

 

この本は、以前お話したジェフリーサックス(Jeffrey Sachs)の経済学者としての発展途上国に対する行動を物語としてまとめています。

第1章

サックス(Sachs)の生い立ちについて語られる。

 

第2章

アフリカの角(Horn of Africa)と呼ばれる場所に住む、ケニア人のAhmed Maalim Mohamedと彼の父Maalim Mohamed Maalimの話から始まる。

アフリカにはヨーロッパ人による植民地の歴史があり、境界線は縦横90度にざっくりと直線が引かれるように分割されている場所がほとんどである。Ahmed Maalim Mohamedの住むアフリカの角(Horn of Africa)は、エチオピアの一部やソマリアの一部を含み、そこでも無理やり国境線が引かれた。

ケニアが解放されたのは1963年であった。この時に区分されたエチオピアから東北の方角に位置した土地が、エチオピアから支配され始めたのがきっかけでShifta War (Shiftaはソマリ語で”bandit”)が勃発する。(ケニア人にはゲリラ戦争として考えられている)

第一章は「世界は危険にあふれている」という上記の状況の時の話である。

彼らは裕福だった。

ラクダは効果で、多くの妻を持つよりも価値があり、ステータスや富を高めるものと考えられている。Ahmedの父はラクダをたくさん所有しており、戦前は裕福だった。

そして何よりラクダがもつもの、:”self-reliance, fearlessness, intelligence, and the ability to thrive in a harsh and unforgiving environment。

なぜなら、ミルク、尿(医療用)、nyiri nyiri(脂肪を蓄えた乾燥肉)を生成できるから。

農業はソーシャルステータスが低いため、ソマリ人は農業をしない。しかし彼の父は裕福だったため、農作物を得るために雄牛を売って生活をすることができた。(それによってkac kacという甘いパンが食べれた)

しかし戦争がはじまり、疫病や飢餓が蔓延し、戦後もなお干ばつが発生した。

干ばつは彼の家族を死に追いやった。100いた家畜も2匹になった。

彼は水を得るために通うだけの学校生活や日々の重労働に耐え切れず、ある政府元で働く男性に突然彼のようになりたい懇願する。そしてAhmedの新しい学生生活が始まり、成功へとつながる。

 

 

この話は経済学を学ぶ上で、アフリカの整備されていない環境、気候や環境の問題、そして教育への意志が発展につながる、ということがとてもストーリーとして表れている一例である。

 

 

第3章

ここからマクロ経済学者、ジェフリーサックスの話。

初めてのアフリカ訪問は1995年のSub-Saharan Africaで、そこからアフリカについて学び始めた。

人々は希望がないと思っていたが、サックスは違った。

毎年800万人が死この地球でしんでいる。(WTO)ほとんどが疫病によるものである。

Richard FeachemとPaul Farmerはジェフリーサックスが如何に行動的か話す。

 

 

サックスは貧困の終焉にささげた。

彼の主張は、”poverty trap”が問題であり、”piecemeal was pointless,” “The way out of extreme poverty depended on a ‘big push’ in financial aid” である。

今までの支援は少なすぎた為変化がなかったという。Sub-Saharan Africaは今よりも貧困であるのはそのせいである。

サックスは”estimate is somewhere in the rage of $250 billion a year”として、”a figure is that’s twice what the developed world spends annually on fireign aid.”

 

しかし人々は彼の主張を否定する。

 

第4章

 

2章3章をかいつまんだDertu(半乾燥した土地)の話。

この章では、彼らが貧困に苦しんでいても尚信仰心を保っている姿を知ることができます。